2000年5月 サバキチャレンジ全日本大会 準決勝
私は構えた瞬間「勝てない」と悟った。
そして次の瞬間には息がとまり、マットの上に倒れこんでいた。
大会前、道場生の誰かから「総本部の世界チャンピオンが内弟子修業を終了して
帰国して全日本大会にでるらしい」という話を聞いていた。
それを聞いて、出場を決めていた私は、世界チャンピオンの存在に驚異を抱く反面、
戦ったら一体どこまで通用するのだろうという興味もあった。
試合当日を迎え、なんとか初戦を勝ちあがった私に声を掛けてくる人がいた
「このままいくと準決勝で対戦するね」
1999年サバキチャレンジ世界大会 ライト級チャンピオン
土居哲也 高知支部長 だった。
道着の上からENSHIN-KARATEとプリントされたハイネックのジャンパーを
鼻まで覆い、腕組みしながら、試合を見るその鋭い眼光は
会場の隅の方にいても、強者の放つオーラでぷんぷんしていた。
土居支部長の放つオーラは、今まで見てきた人達と一味違うもので、
何ともいえない独特の哀愁というか渋さが漂い、
強いだけではない、人を惹きつけるような優しいオーラを放っていた。
土居支部長の準々決勝は、数発の下突きと膝蹴り、
そしてとどめの下段廻し蹴り一発で終わった。
相手の選手は、そのまま立ち上がれずにタンカで運ばれて行った。
土居支部長の組手は本当にカッコよく「これが世界チャンピオンかあ」と感嘆した。
勝っても微塵の奢りも感じさせず、ただ強くなる、館長の内弟子が負けるわけにはいかん。
という気迫だけが感じられた。
そばで一緒に試合を見ていた三村と「侍みたいやなあ」と話したのを覚えている。
そして準決勝戦、ついに土居支部長と対戦することになる。
強いチャンピオンを前に、実力差がある事はわかっていたが、
「勝負はやってみないとわからない、俺だっていい試合ができるはず」
今思うと「いい試合」とか言っている時点で、勝負も何もあったもんじゃない。
セコンドについている三村が、私を気遣って
「おい、相手はめっちゃ強いけどなあ、 気にすんな!」
と声をかけてくれた。
彼はいつも余計なプレッシャーを掛けてくれる。天然な親友である。
構えた瞬間、何もしていないのに、重たい中段廻し蹴りをくらったような錯覚をし、
後ずさりした「これは勝てない」
と悟った瞬間、右のわき腹に強烈な下突きをもらい、息ができなくなった。
とにかく反撃を、と左の中段廻し蹴りを蹴った。
左を効かされている時に、一番やってはいけない攻撃をしてしまった。
案の定、捕まって狙い澄ました下突き一閃。
私は試合で初めてダウンした。
「ワン、ツー、スリー」主審のカウントが入る、
「このままで終わってたまるか」という一心で息をとめたまま...
おもいっきし、右のわき腹に力を込めて立ち上がった。
立ち上がったものの...膝蹴り一発で再び倒された。
手も足も出ないとは、まさにこういう事だという見事な一本負けだった。
なんとか自力で立ち上がり「ありがとうございました」と一礼した。
その時負けて初めて悔しくなかった。
むしろとても爽快だった。
土居支部長と試合ができて本当によかった。
試合後、ほんの少しの時間だったが土、居支部長と話す時間があり、
「よく立てたね、まだまだ強くなるき、がんばりよ」と言っていただいた。
私は、土居支部長に憧れまくった。
仕返しメモをとっていた自分を思うと、これはすごい事である。
それから2か月後の夏休み、私は土居支部長に会いに、
高知へ行った。
後編に続く
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